高野山駅からバスに揺られること約10分。
バスで奥之院まで行っても良かったのですが、高野山内をすっと通り過ぎるのがもったいなくて千手院橋で降りて歩いて奥之院に向かいます。
千手院橋の近くに高野山宿坊協会というのがあるので、少し寄り道して6つの施設の拝観料、見学料がセットになった共通券を買いました。

高野山は金剛峯寺が有名ですが、高野山内にはたくさんのお寺があります。
門には様々な家紋が描かれた提灯が下がっておりがそれぞれ違った趣がありました。
ひとつひとつ中に入った訳ではありませんがのんびりと歩きながらお寺の立ち並ぶ通りを歩くのはとても心地のよいものでした。

少し歩いて奥之院の入口に到着。
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手を清めてから参道に入ります。
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入ってすぐに目に入るのがこの仙台 伊達家のお墓
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ここには名立たる大名のお墓がたくさんあります。

夏の日差しと木々が作り出す木漏れ日が心地いい
朝の名残がある涼しい空気と明るい日差し、適度に人がいることもあって想像よりも別世界感がなく、ずっと自然体でした
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参道を歩いているとたくさんの大名のお墓があるので調子に乗ってパシャパシャ写真を撮っていたのですが、帰ってきて写真を見返してもあまり惹かれるものを感じない。

それよりも名も無き庶民が置いていったのであろう小さな五輪塔がなんとも愛おしい
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塀の上にも取り囲むように五輪塔が並んでいました。
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何故か惹かれた1枚
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参道を歩いていて色々な所に目を向けるのですが、目を引くものというものがあるわけで。

1200年の歴史がある高野山では比較的新しく石碑が見やすいというのもあると思いますが、ここ100年ほどの間に起きた戦争に関連する供養塔に視線が行ってしまう。
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今私の中に生きる魂はこの時代を生きていたのだろうな、と直感で感じる


約2kmの参道を歩いてようやく奥之院に到着。(写真撮影はNG)
階段を上がって参拝します。
中には弘法大師の肖像画が描かれ、お坊さんがお経をあげていました。

神社やお寺が好きでよく行くのですが、行くたびにお守りなどを頂くとすごい量になるので基本的には頂かないことにしています。ですが、奥之院ではこれだ!っと思うものがあったので迷わず頂きました。

奥之院の建物を出てこの建物の後ろの通路を通るのが順路になっているのですが、この通路が凄かった。

この通路は先ほど参拝した建物と今でも弘法大師がいらっしゃるとされている建物の間にあるのですが、弘法大師がいらっしゃる方に向かって熱心にお経を唱えている人や、小さな子どもを連れて弘法大師にご挨拶をしている人などがいました。

弘法大師について詳しいことは全然知らないし、お経なんてもちろん、南無大師遍照金剛という文言すら知らなかったけれど何を言うでもなくただ立ち尽くしていた。
磁石のS極とN極が引き合うように胸の中心から引き寄せられていく。
気がつけば随分と長い時間が経っていました。

ここからは来た道を戻ります。

あの通路を離れてから胸に大きな穴が空いて魂を抜かれたような感覚になりました。手足が痺れ、行きは色んなところに目を見張るように歩いていましたが、帰りはどこか上の空でした。

色々気にかけていたことがどうでもいいや、と思いました。
数字になって表れる興味関心とか、この時この人ならなんて言うだろう、とか。

誰かの影響を受けるのは構わない。
だけど自分自身を乗っ取られる訳にはいかない。
そんなことよりもっと焦点を合わせないといけないものがある。


階段を下っていると喪服を来た数人の列が通って行きました。青年が両手で大事そうに白い布に包まれた箱を持っていました。親族が亡くなって納骨にやって来たのでしょう。
弘法大師の元で眠りたい、先祖代々そうやってきたのか本人の意向かは分かりませんが戦国大名から現代人まで望むものは同じなのでしょう。

奥之院の参道で多くの人とすれ違いました。
犬の散歩をしている人、車イスに乗って参拝しに来た老人、弘法大師の前やお墓の前でお経を唱える人、何語かも分からない言葉を話す外国人。弘法大師にお供えした食事の下膳を見ることができて喜んでいる人もいました。


ああ、だからか。
昔から今まで、そしてこれからもここは人々の信仰の対象として生き続けていく。
それは高野山が本質はそのままに時代に順応して存在し続けていくからだ。
21世紀も、平成最後の夏も私たちと共に生きている。


人は2度死ぬという
1度目は肉体的な死
2度目は忘却による死

そう考えると弘法大師に2度目の死は永遠に来ないのだろう


恒例の御朱印も頂きました。
誤って奥之院に参拝する前に御朱印を頂いてしまいました。
手持ちの御朱印帳の残りが少なかったので参拝後に高野霊木でできた御朱印帳を購入することにしました。
先に手持ちの御朱印帳に御朱印を頂いてしまったため、御朱印帳だけを購入したいという旨を伝えると最初のページは奥之院の御朱印にして欲しいと言われました。
次に奥之院に来た時でいいからこのページに御朱印をもらってください、そのために最初のページを空けて使ってください、と。
ページの端っこに鉛筆で薄く奥之院と書いてもらいました。


しかしなんてことだ。
これでもう一度高野山に行かないといけなくなってしまった。
この前の北海道のブログでも書きましたが、また来ますと言ってそのうちのいくつを実行できるだろう、と考えていたのです。
不意にもまた来るという約束をしてしまった。しかも相手が弘法大師ときた。これはいつか必ずや実行せねばなるまい。


太陽は高くのぼり午前の涼しい空気感はすっかりと消えてしまった
黙々と参道を歩いて奥之院を後にする